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知らないことを調べるブログ

映画の分からないところを調べてまとめる場所にしていきます。

「読書」大学でいかに学ぶか

 増田四郎の「大学でいかに学ぶか」を読んだ。

 東京商科大学(いまの一橋大学)の商業教員養成所に入学した筆者は、学問に従事する人物たちを直に見て強烈な刺激を受けた。”漠然とした強いあこがれ”はその世界へ足を踏み入れるためのきっかけになる。

学問で身を立てている先生がたに偉大さを感じ、その専門がなんであれ、その内容がどういうりっぱさであるかも知らず、ただ偉い先生という素朴な感激でいっぱいになったのです。(中略)学生に対する影響力といったものが、格段にちがう偉いひと――そういうことを痛感して、ひじょうに漠然とですけれども、”学問”というものに強いあこがれをいだいたのでした。(中略)それと同時に、自分の教養のなさ、知識の不足を痛切に感じました。
pp50-51


 そのとき就職はじゃまになる。

ひどく不景気か、あるいはたいへん好景気のときがいいのです。中途半端なときは、心にもないことをして、優をとりたいという気持ちを起こさせますから、どうもよくないようです。
p60


 筆者が専攻した比較社会史には、「少ない視点でものを捉えてはいけない」という教訓がある。

比較社会史の立場をお互いに納得する形で発見し、その研究方法がわかってきたならば、多民族の文化の長所を受け取ることもでき、また、どこをどうすればいいか、あるいは、どの点はどうしても受け取ることができないというようなメドがつくのではないか。
p86

ヨーロッパの古いいなかを調べること自体は意味をもたない。しかし、そこから大きな問題に発展するきっかけがつかめはしないか。そういう期待があるからです。その期待は、大きい議論だけをやっていたのでは、絶対に実現しないのです。
p141


一生やっていくうえでいちばん肝心な点として、仏教のことば”苦楽一如”を筆者は挙げる。

他人に迎合したり、他人がむやみにほめてくれるようなことを当てにしていたのでは、仕事にならないのです。つまり、学問というものは、自分で苦しんで自分で楽しんでいく――そういうことのくり返しをしているのです。その苦しみが、必ずしも、つねによい結果をもたらしてくれるとはかぎらない。そういう約束はどこにもありません。
p150


 異なる思想によって断絶してしまった世代を、読者には紡いでほしいと説く。そのためには共同体としてのゼミナールが活用できる。

自分の意見を出しえない形で、対立を激化するのがねらいであるような社会をつくっている。これではほんとうの民主主義社会は建設されません。大学は、そうさせないようにする使命をもっているはずです。(中略)手が汚れるのを恐れず、互いに意見をぶつけあい、その意見を述べ合うことによってお互いにわかるという状況をつくっていくのです。(中略)理想の形は、よい師・よい友・よい弟子ということが、互いにいいきれる境地をつくることです。そう断言できる境地をつくることは、いまの社会では、まずもって大学の特権ではないか、とさえ思います。
pp188-189

理論と現実とのかけ橋という仕事は、政治家に課せられたもっともたいせつな仕事ですが、同時に、学問をするものに課せられた仕事でもあるのです。さきに、哲学の重要性が、経済成長策というようなもので見失われ、この転換期に対処すべき哲学の問題が脱落してしまっている、ということをいいました(中略)大きな転換期に対する話し合いの場をどうしたらいいか、それを見つける努力をしなければなりません。話し合ってもむだだという態度がもっとも危険なのです。
pp208-210


 次の世代へバトンを渡す。サイモン=シンによる著書「フェルマーの最終定理」で感じた、”学問の地続きな感じ”を思い出した。

このことについては、自分はここまでしかわからないが、そこまでについては、動かない証拠をあげ、論証ができるというものを見つけていく。それは蟻の穴ほどの小さなことかもしれません。しかし、そういうことをいくつもくり返しやっているうちに、いつかはダムはくずれるかもしれない、そのあとはだれかが築いてくれるであろう。――そうした、自分を捨て石にする気持ちにならないと、学問というものは客観化してきません。
p218


 思想の断絶について、外山恒一の「右とか左とか関係なく、面白いことを言っている人の話を聞け」ということばがより重みを増した。それと、苦楽一如という、やったほうがいいけれどよくわからない価値観を、漠然としたところから具体的なところまで少し引き上げられたのがよかった。

大学でいかに学ぶか (講談社現代新書 78)

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フェルマーの最終定理 (新潮文庫)

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