知らないことを調べるブログ

映画の分からないところを調べてまとめる場所にしていきます。

みた映画の感想

あの映画はこういう話だった気がする……と、前に観た映画を思い出しながら自説をまとめるブログになってきた。本稿もそう。それでも、わからないところを調べるようにはしていきたい。


ファイト・クラブ(1999)

この映画の主人公の精神は分裂している。彼はそれを自覚していない。

こう聞くと、彼の心理状態は狂っている、あるいは病んでいると感じるはずだ。ところが、表現をすこし変えるだけで受ける印象は全く変わってくる。「この映画の主人公は行動を起こすとき無意識に自分の理想像をつくり、それに習う」。こう聞くと、どうだろうか。

彼は普通だ。僕たちは彼のように、理想像の訴える「俺ならこうする」に従うあまり道を誤ってしまうこともままある。

ところで、「何かになりきっていれば次第に心がそれについてくる」という意味のことわざを引用したかったが、ど忘れしてしまったのであとで探す。


ある戦慄(1967)

価値観を揺り動かされたくて僕は映画を見ている。その点においてこの映画は傑作だ。

人生で最も恐ろしい映画を選ぶとしたら迷わずこれになる。この映画では、人間の醜い部分がむき出しになる。それは「関わりたくない」という感情だ。


○トニー=ムサンテ演じる悪漢が市井の人々を煽る話術は巧みだ

この映画を観る前と後では価値観がおおきく変わってしまう。――きっと結局、まわりにいる人はこの映画のようにひどい奴らなんだ――と刷り込まれてしまう。ひどく嫌な気分になる。

思春期の子供には、ぜひ感受性が落ち着いたあとに体験してほしい映画だ。


別離(2011)

ある戦慄が無関心の醜さを描いた傑作だとすると、正論を振り払うことの醜さを描いた傑作はイラン映画の『別離』だ。

スクリーンショットをつづけて二枚見てほしい。

画面左側でこちらを向いているのが妻で右側手前に座っているのが夫だ。妻は夫に謝ってもらいたいと思っている。夫は周囲から謝るべきだと言われている。

一枚目で、責めるような目で妻が夫を見つめている。もちろん夫はそれに気づいている。ふと、あいだを女性が通り過ぎてゆく。夫はそれを目で追い、顔を妻の方へ向ける。ところが――

妻は目をそらしてしまう。両者が顔を向かい合わせることはもう無い。

彼らだけでなく、この映画の主な登場人物は我を通し続け、妥協点を探す努力をしない。そうする限り、溝が埋まることはありえないのだ。