知らないことを調べるブログ

映画の分からないところを調べてまとめる場所にしていきます。

僕が文章を書く原動力は「すぺーすころにー」のエスパーさんに対する漠然とした憧れ

 「「読書」大学でいかに学ぶか - 知らないことを調べるブログ」から。

学問で身を立てている先生がたに偉大さを感じ、その専門がなんであれ、その内容がどういうりっぱさであるかも知らず、ただ偉い先生という素朴な感激でいっぱいになったのです。(中略)学生に対する影響力といったものが、格段にちがう偉いひと――そういうことを痛感して、ひじょうに漠然とですけれども、”学問”というものに強いあこがれをいだいたのでした。(中略)それと同時に、自分の教養のなさ、知識の不足を痛切に感じました。
pp50-51


 僕にもそういう原動力がなかったかなと考えてみると、あった。僕は「リンク:軽い気持ちで萌え萌え言うよ」このサイトが大好きだった。

 僕は”もしオレがドラクエ3やFF3の世界に迷い込んだら”、というIFを妄想しながら眠るのが好きだった*1ドラクエ3という大ネタへの妄想をエスパーさんはこのサイトで文章にしていて、僕はエスパーさんに共感を抱いていた。

 エスパーさんから僕が受けた大きな影響のひとつに、その文体がある。”愛があふれているけど冷静”な感じ。卑屈さが無いのが良かった。

 僕が今、このブログで使っている文体はいくつかの人のを混ぜたものだ。挙げると、濃い順で、町山智浩さん「リンク:ベイエリア在住町山智浩アメリカ日記」・エスパーさん・この人「リンク:technophobia」・この人「リンク:波動砲口形状研究」・伊藤洋一さん「リンク:DAY BY DAY /YCASTER 2.0:伊藤洋一公式サイト」という感じだと思う。


 そのころ僕はエスパーさんの真似をしたくて、こんなショートショートを書いたりしていた。たぶん8年くらい前だと思う。いま読むと、ところどころに間違いなく通常の自分には書けないようなのが混じっている(後述)。エスパーさんは星新一風の短篇SFが得意だった。

「なお、このメッセージは自動的に消滅します。……ガガ、ガー」
 大きな爆発音が室内に響き、その後にわっと研究員達の歓声が起こった。
「完璧なタイミングだ!」
「全てのビデオデッキに対応した爆発量、奇跡としか言いようがない」
「やった……ついに、完成したのね」
 父が残した開発資料を基にプロジェクトを立ち上げたのは五年前になるだろうか。その間いくつもの困難があったが、今回こうしてようやく実験を成功させることができた。開発をやめないでよかった、と気が緩んだのか、なんだか私はその場に泣き崩れてしまった。

 パーティの雰囲気に馴染めなかった私は、研究所のテラスで酔いを醒ますことにした。夜風に当たると、父が死んだ日のことを思い出してしまう。当時まだ小さかった私は、研究所が爆発事故で崩れたという母の話が理解できていなかった。家に送られてくる父の遺品なんかより、書斎で本を読んでいた父に帰ってきてほしかった。私は、よく泣いては母を困らせていた。
 今私は、父と同じ仕事に就いている。これ以上、父や、その家族のような者たちを作らないために。
「直子さん、ここに居たんだ」
「うん、ちょっと酔いが回っちゃって」
 急いで目をぬぐい、彼に返事をする。
「みんな捜してたよ。今日の主役はどこにいったんだ、って」
 外が暗くてよかった。きっと私の目は赤くなっている。
「……お父さんも喜んでいるはずだよ」
「うん」
「来てくれた先生も言ってた、直子さんの意志に惹かれて、僕たちも研究を手伝う気になったって」
「……うん」
「今日は特に冷えるから、コートを着ているといいよ。じゃあ、僕はご馳走でも食べてくるかな!」
 彼はそう言って、またパーティ会場となっている研究所に戻っていった。もう少し、話し相手になってくれていてもいいのに。ひとり言を口の中でつぶやいて、はは、と笑ってしまう。それなら、パーティに戻って話をすればいい。でも今の私には、私のコートにかすかに残った彼の匂いが心地よかった。
「……?」
 ポケットに何か入っている。取り出してみると、それは指輪が入っていそうな箱だった。思わずにやにやしてしまう。彼が忍ばせたのに決まっている。彼は、こういう演出が好きなのだ。

「!」
 ぽん、と高い音を立てて少し煙が出た。心臓がどきりと飛び出しそうになる。彼の得意げな顔が目に浮かんだ。こういう仕掛けはやめてほしい。二重箱のふたを開けると、そこにはやっぱり指輪が入っていた。想像していたより少し大きめの私の誕生石。そして隣には、結婚しよう、というメッセージが添えられていた。
「……はい」
 誰も居ないテラスでそっとつぶやく。すると、箱からノイズ音が聞こえた。
「直子のメッセージは受動的に承諾します。……ガガ、ガー」
 窓の向こうの研究所では、トランシーバーを持った彼がこちらに手を振っている。私もパーティに戻ることにしたが、まだ酔いは醒めていないと思う。

 こんなふうな話を十本ほど書いて、これは続かないなと諦めてしまった。「リンク:倉庫」をみてもらうとわかるが、この人の量は桁外れだった。かなわない。

 そのあと僕は非日常的な推理クイズを何十本か作った。原動力はエスパーさんに対する漠然とした憧れだった。やり始めの頃と比べて自身の上達を感じてはいるけれど、エスパーさんに近付けた感覚はまるでない。


 エスパーさんはまだネットに居て、東方に熱を向けている「「spacecolony」のプロフィール [pixiv]」……と思いきや最近はパズドラらしい。「spacecolony (spacecolony) on Twitter

 エスパーさんの文章で、僕にとって非常に大事な文章がある。あまりにも好きすぎるので全文。

さっきさあ…。すごいことがあった。
偶然、ほんとに偶然、リンク飛んだらそこの人が、「昔こんなサイトがあって好きだった」って思い出話を書いてたんですが。それが!私が昔やってたサイト!! うわああああああああ! ちょ これすごくね!? 偶然だぞ!(福留) もう顔真っ赤ですよ。当分思い出すだけでニヤニヤできる。いやいやーうわーこんなことってあるんですねー
そのサイトはもう何年も前に閉鎖してて、内容もまあ別に心に残ったりする系統ではないと思うんですが、全然知らない人が!覚えてたりするという!この感動。つながりが時を超えたみたいな…インターネット万歳みたいな。

その頃やってたのはいわゆるテキストサイトで。書きたい物があってサイトを作ったら、それがテキストサイトとカテゴライズされた、とかだとかっこいいんですが、別にそんなことはなかったぜ。まずテキストサイトありきでした。テキストサイトと呼ばれるサイト群やそこに生まれる空気が大好きだったので、そこに混じりたくて更新してました。それまで創作文章とかほとんど書いたことなかったくせに、まったく無茶をしたもんです。今ドラクエおもしれーあの世界に飛び込みたい的な気持ちで二次創作を書いたりしてますが、あの頃はテキストサイトおもしれーテキストサイトと一つになりたいとかまあそんな感じでした。二次創作を始めてわかりましたが、私のテキストサイトへの気持ちは二次創作書く時の元作品への気持ちとほとんど同じでした。どうやらゼロから何か作ることはできないらしいこともわかったが、それもまたよし。
前にも書いた気がしますが、何か好きな物があって、その愛から生まれた文章というのは、書く人間の文章的な能力の5倍くらいの力を持つと思います。今あの頃の文章を読むと、ところどころに間違いなく通常の自分には書けないようなのが混じっていて、なんていうか、愛だな。やっぱり何かを愛した時には文章を書くべきだな。

[「回顧と懐古(誓約と制約っぽく) - 軽い気持ちで萌え萌え言うよ」]

*1:いまでも好きだ。