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知らないことを調べるブログ

映画の分からないところを調べてまとめる場所にしていきます。

 下書きのストックがなくなったときは日記を書く。

 いいブログをみつけた。「リンク:ぱーこシティ」映画と数学関係。どうやってみつけたかというと、映画アンドリュー(1999)についての他人の感想を調べるためにcinemascapeの該当ページをみていたら面白いレビューが載っていた。

もう一つのテーマ  ぱーこ

奴隷解放の話だと思った。公民権運動とか。それなら200年の長さは妥当なところ。

始めにアンドリューが校外の家に配達されるところから、アンドリューを黒人奴隷と見てしまった。典型的なアメリカ中流家庭。病院や裁判所はそれなりに未来っぽくなってくるのに、家の中はいつまでたっても現代より少し前の作り。木の暖かさが強調された中流家庭。

そう思ってみていると、けっこうスリリングな展開。子どもに嫌われたり、奴隷のくせに能力があってその家の娘と感情的交流があったり。人権の無い奴隷が人間の権利を獲得する200年の過程が描かれている。ロボットに人権を認める(それが白人娘との結婚)裁判の裁判長が黒人女性だったりして、それなりの配慮を感じる。

アンドリューがいつ反逆するのか、とハラハラしていた。結局、ロボットが人間の権利を認められて、人間として死んでいく、という落ち着いた展開だった。

原作にはないんだろうが、人間の男と結婚して子どもをもうけロボットを愛し続けた女の人の話をこの淡々と時間の流れを追っていくだけの描写で見てみたい。

(評価:★3)

 はっとした。いわれてみれば奴隷解放の話にみえる。裁判の裁判長が黒人女性だというのは、いわゆる“未来でなければありえないこと”なのかなという感想を僕はもっていた。当時アンドリューを観たのはビデオで、2001年頃で中学生のころだ。そのころ奴隷解放について知っていたことは、授業でみせられてトラウマになったテレビ映画「ルーツ」とネルソン=マンデラの名前ぐらいのことだったと思う。作劇で、物語のなかにテーマを内包することで観客を共感させるというテクニックを知ったのはつい最近のことなので、当時そういう見立てを作ることはできなかった。

 奴隷解放の話という見立てがひとつ立ったので、改めて映画を観るとそういう見方もできるかもしれない。アンドリューは僕にとってとてもとても大事な映画だ。ロボットのアンドリューはすっげーいいやつだ。人間らしく生きるとは何か、あるいは「よく生きよう」みたいなことを中学生が考えるには十分すぎるほどによくできた映画だと感じていた。いま観るとどうだろう。粗をみつけてしまうかもしれないが、面白そうだ。今度借りてくる。

 で、このぱーこさんのプロフィールにブログのURLが書いてあった。ざっと記事を読むと、どうやら数学の教員をしている人のようだ。ぼくが大学で専攻したいのは数学。映画と数学がマッチしているなんて夢のような人だ。文章も肌に合う。さっそくRSSに登録。


 日記は寝かせなくてもいいか。かるくプレビューして公開。