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知らないことを調べるブログ

映画の分からないところを調べてまとめる場所にしていきます。

成長物語としての『僕たちのバイシクル・ロード 7大陸900日(2011)』と『おもひでぽろぽろ(1991)』

 『僕たちのバイシクル・ロード 7大陸900日(2011)』をツタヤで借りた。兄ちゃん二人組が自転車で世界一周するドキュメンタリー。国の土地柄が見られるかなと思った。そういう見方はけっこう叶った。

 ヨーロッパの風景が退屈だったりロシアの交通状況が危険だったりはそういうイメージが元からあったけれど、知らなかったことで印象に残っているのは東南アジアの露店の食べ物が虫まみれだとか、自転車で走っているだけでTシャツがカビまみれになるというあたり。他にもそういう映像がテンポ良くまとまっていて楽しい。

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 構成はいわゆる“ゆきて帰りし”で通過儀礼。旅の途中での姫ゲットも王道だけどすごく好み。中でも「おっ」と思ったのは主人公たちが旅の終わりを実感するところ。場所はアメリカからモロッコに渡る大西洋。航海には1ヶ月以上もかかる。主人公たちはイギリスを出て東に出発しているのでモロッコにつくと旅は終わりに近づく。「モロッコに着いたとき僕はどんな気持ちになるだろう・・・」という主人公たちの語りが祭りのあとという感じでじーんときた。ぼくも、ニュージーランドから帰る飛行機のなかでそういう気持ちになったことがある。あの感じを思い出して共感。


 彼らの旅のルートを地図にまとめると確かこんな感じ。

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 初めのころはイギリスからルーマニアまでの距離だって苦労していたのに、900日経つと「モロッコからイギリスまではすぐ」とか言っていて驚く。

 たぶん、彼らは退屈な日常に戻ってしまうとかじゃなくて、おれはやったぞ、あるいはしこりを残してしまった、みたいな、これから生きていく上での考えの軸になる大きな経験を作るための儀礼を過ぎたということなんだと思う。僕もそれを経ていま生きてる。


 で、そんな状態で『おもひでぽろぽろ(1991)』をテレビで観た。『アバウト・シュミット(2002)』のときと同じ後味。感動するんだけど心にぐっさり刺さったまま消化されない。(↓アバウトシュミットの感想)

 ラストのあの涙、実は同じようなシーンを見たことがあって、それはスピルバーグの映画「激突!」のワンシーンです。
トレーラーから追われることに疲れ果てた主人公が、思わず笑い出してしまうシーンがあるんです。あまりにもストレスがかかると、感情が整理できなくなって人間は思わず笑い出してしまうというシーンでした。
 アバウトシュミットでジャック・ニコルソンが見せたあの笑い涙は、それと非常に似てみえるわけです。

 ですから、あのラストはささやかな救いにはどうしても見えませんでした。なんか絶望的なものに見えたんですけどどうなんでしょう。うーん。今はちょっと、ぼくが成熟していないので理解できなかった・・・。

 げらげら笑いながら鑑賞しましたが、じいさんになってから見たときも笑っていられるかなあと思う映画でした。

最近見た映画 - 知らないことを調べるブログ

 町山さんのよく言う映画におけるグッドクエスチョンがあると思った。おもひでぽろぽろは過去の自分と完全に決別してしまう話。だからラストシーンで決別された側の子供がみせる表情はとても寂しい。

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 最近ぼくは中学高校時代の夢をよく見る。勉強をしているせいでその頃の思い出が引きずられて出てきているのだと思う。それらを懐かしくも「連れてきてしまったな」とか「ついてくるなよ」と感じている。大人になってからの再勉強って、過去の思い出を埃としてほろっていく作業なのだと思う。それなのに、過去の思い出を擬人化させて映画にしてみせる高畑勲監督は良い意味で意地悪だ。僕はそういう気持ちになりたくて映画を観ているので最高だ。宇多丸さんのいう「最高だ!最低だ!最高だ!最低だ!」ってやつです。

 ちなみにおもひでぽろぽろの主人公が過去との決別をきめる年齢って27歳で、それって2年後の僕の年齢で、僕が大学入試を受けようとしているタイミングなんだよな。旅の終わりではないのだけれど「そのとき僕はどんな気持ちになるだろう・・・」とか考える。



 ちょっと脱線する話をふたつ。『平成狸合戦ぽんぽこ(1994)』についてこの評論がすごいとおもったのでメモ。

ラスト、ぽん吉が視聴者に以下のように語り掛けます。
「テレビや何かでいうでしょ?開発が進んでキツネやタヌキが姿を消したって。あれやめてもらえません?
そりゃ確かにキツネやタヌキは化けて姿を消せるのもいるけど、でも、ウサギやイタチはどうなんですか?自分で姿を消せます?」
(中略)
 ここで大事なのは、ぽん吉は「姿を消した=変化して消えた」と思っているのです。それに対して私たちは、「姿を消した=生息しなくなった」と思っています。「キツネやタヌキ」だって、ぽん吉にとっては「キツネやタヌキなどの化ける動物」であり、私たちにとっては「山の中で生きている生物」だと捉えているでしょう。
 「自分で姿を消せます?」と提起していますが、これは「お前たち人間が殺して消したんだ!」という非難ではなくて、本当に単純に「化けて姿を消すことは出来ない」ということなのです。つまり、ぽん吉の思いの根底には、「みんなどっこい生きてるんだよ」ということがあるのです。

思考の切れ端 平成狸合戦ぽんぽこ 感想

>どっこい生きてる
 その見方いい!


 それと、ぽんぽこもおもひでぽろぽろも現実世界と妄想が入り交じるテーマがあって、そのあたりをサイコホラーな方向に膨らませたのが今敏作品なんじゃないかなと思った。