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知らないことを調べるブログ

映画の分からないところを調べてまとめる場所にしていきます。

無価値かもしれないものを、人生をかけてやる「敦煌」

 最近みた映画。

アイアンマン(2008)
南極物語(1983)
ザ・ファイター(2010)
ラッシュアワー2(2001)
晩春(1949)
エネミー・ライン(2001)
敦煌(1988)
ガリバー旅行記(2010)
食べて、祈って、恋をして(2010)


 映画「アイアンマン」が好き。機械の性能をビデオで確認するところがとても好き。このシーンで、「あっこの映画は見なきゃ」と思った。
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ビデオで確認するところ

 映画終盤の、グウィネス=パルトローが敵から逃げるシーンで星のカービィSDXのヘビーロブスターを連想。ゲームっぽくて楽しい。惜しいのが、このときのグウィネス=パルトローの走り方が映画「恋人はスナイパー」の水野美紀っぽいところ。走り慣れてない感じがわかっちゃう。ハイヒールだと走りにくいのは無理もないか。いや、武装して制圧しに行くのに履いていく靴じゃないだろとも思う。
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グウィネス=パルトローが敵から逃げるシーン
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星のカービィSDXのヘビーロブスター
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恋人はスナイパー水野美紀
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ハイヒール


 馬がたくさん出る映画「敦煌」で、半裸の西田敏行が本物の武将に見えるのがすごいと思った。かっこいい。
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半裸の西田敏行

 この映画の最後のほうで敦煌の町は焼き討ちにあい、廃墟になっていく。主人公は町の外へ書物を運びながらこう話す。「この宝は誰のものでもない。かけがえのない宝なんだ」

 この映画のテーマは、敦煌文書はなぜ保存されたのかという物語を使って「何に人生をかけるのか?」というものだった。西田敏行と主人公の会話が面白い。書物を安全なところへ隠そうとする主人公に、西田敏行はこう尋ねる。「それが命をかけてやるほどの価値のあることか?」「わからん。でも今の俺にはやらねばならんことだ」

 実際に、敦煌文書がなぜ保存されたのか? というのはわかっていないらしい。wikiには、二つの説があると書いてある。

1.敦煌西夏により占領された際に経典を焚書されることを恐れて隠したという説。
2.不必要なもの・価値のないものをとりあえず置いておいたという説。

一つ目の説は井上靖の小説『敦煌』が採用しているが、西夏朝は仏教を信仰しており経典を破壊すること自体がありえない、この敦煌文献にはとうてい価値の無さそうなものが多数含まれており中には習字の書き損ないと思われるものまである、という疑問が指摘され、現在では二つ目の説がほぼ定説となっている。

敦煌文献 - Wikipedia


 「この敦煌文献にはとうてい価値の無さそうなものが多数含まれており」とある。隠された当時、敦煌文書には価値が無かった。wikiの続きから。

無価値と判断したものを苦労して保存しようとする者はまずいない。であるからそのような物が現存する可能性はそれこそ奇跡に近い。その奇跡の成果である唐代の土地台帳などから均田制など唐代に行われていたとされる諸制度が実際にどのように運営されていたかの研究が進められている。

敦煌文献 - Wikipedia


 無価値かもしれないものを、人生をかけてやるということについて、前に読んだ本「大学でいかに学ぶか」を思い出す。著者の増田四郎さんは、そのことを「捨て石になる」と表現した。

このことについては、自分はここまでしかわからないが、そこまでについては、動かない証拠をあげ、論証ができるというものを見つけていく。それは蟻の穴ほどの小さなことかもしれません。しかし、そういうことをいくつもくり返しやっているうちに、いつかはダムはくずれるかもしれない、そのあとはだれかが築いてくれるであろう。――そうした、自分を捨て石にする気持ちにならないと、学問というものは客観化してきません。
p218


 捨て石になることについて、敦煌の主人公は、「そのあとはだれかが築いてくれるであろう」とさえも思っていない。「わからん。でも今の俺にはやらねばならんことだ」これが捨て石か。すごい覚悟だ。