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知らないことを調べるブログ

映画の分からないところを調べてまとめる場所にしていきます。

昔書いたテキストシリーズ

1.

 鼻をかみすぎてひりひりする。そんな私を見かねて、どこからか神様がやってきました。
「鼻が痛むのかね」
「ええ、この通りです」
「もう鼻水は止まったのかね」
「いえ、まだ……」
 言うと同時に、鼻から二本の水滴がこぼれます。拭うのをあきらめかけたその時、なんと鼻水の先が光りだしました。光が静まると、私の鼻から出ていた鼻水は全てティッシュに変化していたのです。
「こ、これは」
「ほっほっほ……」
 神様は微笑みながら天に昇って行きました。

「……というのが私の体験した奇跡です」
「素晴らしい。なんだか涙が止まりません」
「泣かないで。さあ、ティッシュで涙を拭いて」


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2.

「本当に本当だって言うんなら、実際にやってみせてよ」
「気付いたのが昨日の今日だから、上手くいくかどうかわからないけど」
「いいから、ほら。今から俺が適当に何かを頭の中に浮かべるから、それを当ててみて」
「わかった」

 おっぱい
 おっぱい
 おっぱい
 おっぱい
 おっぱい
 カニの殻を剥く作業があって初めてカニのありがたみがわかるって言う奴がいるのなら、そいつがカニの殻を全部剥いて俺に食わせてくれればいい
 おっぱい
 おっぱい
 おっぱい
 おっぱい
 おっぱい

「……」
「どうだった」
「最近カニ食べたの」
「気を使わなくていいから」


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3.

 年に一度だけ開く大きな岩湯がある。僕よりひとつ年上の僕が、その温泉で話してくれたことは、とても興味深いものだった。
「74歳の僕がいるだろう。彼は来年死ぬはずなんだが、もしかすると来年もここで会えるかもしれないんだ」
 不思議に思った僕は、岩湯の対岸側にいる74歳の僕に話を聞いてみることにした。74歳の僕は少し考えたあと、そこにいる僕たち全員を集めるように、僕に指示を出した。

 全員が集まると、74歳の僕が静かに口を開いた。
「ここにいる人数を数えたことのある者はいるか?」
 なんとなくそれはタブーだと思っていたので、僕は数えたことがなかった。
「ないだろう。それが禁忌なのだと、全員が同じように感じているはずだ。それは、我々が同じ人間だからだろう。だが、私はそれを犯してみたくなった」
 お湯に浸かっているはずなのに、僕は肩まで鳥肌が立つのを感じた。まるでお湯が一瞬で冷水に変わったようで、そこにいる全員の緊張が水を伝って流れてきたのだと、まさに肌で感じていた。
「結果から言うと、7人足りなかった。1歳から5歳までの我々がここにいないというのは前々から知っていたが、それはきっと、この岩湯への扉を見つけられていないだけだろうと思っていた。そして、残り二人は、40歳ごろの私と、73歳の私だった」
 僕の隣にいた39歳の僕が、驚いて声を上げた。
「じゃあ、僕は来年死んでしまうのか?」
「おじさん、そうじゃないよ」
 そう言ったのは僕よりひとつ年上の僕だった。74歳の僕は僕よりひとつ年上の僕と目を合わせると、にっこり微笑んで、また話し始めた。
「そう、12歳の私にはもう話していたね。居なくなった二人について私は考えた。結論として、どうやら我々は同じ我々であって、違う人間でもあるようなんだ。彼ら二人は、それぞれ違う理由で亡くなり、この輪から外れたんだろう」
 全員が理解するのはほぼ同時で、水が、元の温度に戻っていった。

 僕がこの中で一番仲のいい僕は、僕よりひとつ年上の僕だ。だから、74歳の僕が、自分よりひとつ年下の僕とひとつ年上の僕を同時に亡くしてしまったことはとても悲しいことだと思う。きっと、74歳の僕は、一番身近な友達を失ってしまったことと、自分が来年死んでしまうかもしれないという、悲しい気持ちでいっぱいだったんだ。
 来年、また岩湯への扉は開く。それを繰り返して、それぞれの違う思い出を共有しあい、僕たちがひとつになれたらいい。年々水かさを増すお湯に浸かりながら、僕はぼんやりとそう思った。


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4.

「恋のABCについて」
「はい」
「まずは守りです。ひたすらディフェンスを固めて、何でしたら自慰で治めてもらっても構いません。あくまで、エッチはその後です」
「それによって愛が深まるのですね」
「ただ、相手が女子高生の場合はライトな恋愛表現が好まれます」
「Mだとか、そういった趣向は……」
「捨てましょう。ノーですね。そういったものは恋愛というよりプレイです」
「はあ……」
「若いうちはスタミナがありますから。歳を重ねてしまうと、どうしても無理が利かなくなるものです」
「スタミナ切れ、それから紫外線による頭髪の減少など。ダブルですね」
「もう後がありませんよ」

 ABC、DEF、G、H、I、JK、L、M、NO、P、ST、UV、W、XYZ

「お分かりの通り、現在QとRが見つかっておりません」
「それから、UVのくだりはちょっと無理があるのでは」
「しかし語り手の年齢を考えますと、ダブルでくるものでまず浮かぶ物事が頭髪でして……」
「きみねえ。そんな事では、クオリティのあるものを……」
「!」
「!」


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5.

 ろくに観光もせず三日間を過ごしてしまい、ついに最終日の朝を迎えてしまった。せっかく海外に来たのだから、ひとつくらい思い出を作っておこうと、地元の人に面白い物はないかとたずねてみる。
「絶対に後悔はしないよ」
 ある人はそう言った。僕は知らなかったのだが、どうやら面白そうなものがあるという。さっそく、僕はそこに連絡を取り、行ってみることにした。
 ホテルからタクシーで三十分ほど走ると、不思議な場所に出た。海岸線から垂直に、海に向かって長い桟橋が伸びていて、それは本当に、かなり長い。陸地から五百メートルほど伸びた先には建物があり、その辺りは観光客らしき小さな人だかりが出来ていた。
 タクシーの運転手に現地の言葉で礼を言い、桟橋を歩く。僕は、潜水観光船に乗りに来たのだ。

 船に乗り込むには、建物の中を下へ下へと進んでいく必要があった。チケットを渡し、他の観光客に混じってらせん階段を降りる。等間隔で強化ガラスの窓があり、外側を大小さまざまな、色鮮やかな魚たちが横切っていく。アクアブルーの海の色は下に進むにつれて暗くなり、それに反比例して、僕の心は少しずつ明るくなっていった。
「うわあ……」
 船に乗り込んだ時、思わず声が出た。壁、天井、全てが透明の、プラスチックのような素材で出来た船だった。魚が僕達の上や下を通り過ぎていく。バスのような並びのいすで、運転席やエンジンは見えないので、何か特殊な工夫があるのだろう。僕の後に乗り込んできた親子のうち、子供は大はしゃぎで喜んでいたが、母親の笑顔がぎこちなかったのが笑えた。僕も少し、怖かった。
 自由席だったので適当に座り、全員が席に着くと、ドアが音を立てて閉まった。ドアから吐き出された空気が泡となって上へと昇っていくのを見て、少しどきどきする。
 英語のアナウンスの後、船はゆっくりと沈みだした。入り口と僕らの距離が離れていき、船のエンジン音が加速する。

 正面の壁に設置されている高度計が水深五十メートルを越えた辺りからどんどん周りが暗くなっていき、およそ二百メートルを越えたときには、灰色の世界になった。薄暗い中、かすかに乗客たちの顔が見える。ほぼ全員、そばにある手すりをつかんでいた。透明な壁の外はにごっていて、僕達が広大な海に投げ出されたような感覚になった。
 それからしばらくすると、暗闇が訪れた。真っ黒の世界は恐怖だった。深海なのか、空の上なのか、それすらもわからなくなりそうだった。観光客たちの呼吸と、ミシミシ、と何かがきしむ音が、船の中に響いているようだった。
 その時か、船を降りた後思い出したのかはわからないが、記憶として残っているものがある。
 僕は、死神を見た。
 乗客たちの頭の上のほうに、真っ暗で何も見えないはずなのだが、それよりもずっと黒い、もやのようなものが見えたのだ。とっさに僕は、その方向に向かってカメラのファインダーを切っていたようで、それは写真に残っていた。
 船はそのあと浮上し、僕達は地上に戻った。かなり怖かったが、誰もが満足しているようだった。それぞれの言語で、それぞれの感想を口にしていた。絶対に後悔はしない、というのは確かな情報だったのだ。カメラの撮影禁止を悔やんでいる声が聞こえた時、僕はこっそりほくそえんだ。

「これは何?」
 旅先の写真を見ながら僕の土産話を聞いていた姉が、ホテルの中や風景、地元の市場や人々などの写真の中にあった、真っ黒な写真に目を留めた。
「さっき言った潜水の写真」
「へえ」
「現像してもらうのに写真屋に二回行ったんだよ。死神が写ってるから」
「へえ!」
 案の定食いついてきた姉に、僕は船に乗った経緯を詳しく話し始めることにした。記憶の中で死神と印象づいたそれを上手く説明できるかはわからなかったが、きっと伝わるだろう。