知らないことを調べるブログ

映画の分からないところを調べてまとめる場所にしていきます。

苦手なのはヘンリー=セリックなのかも「コララインとボタンの魔女」

 最近みた映画。

チェンジリング(2008)
ピノキオ(1940)
コララインとボタンの魔女(2009)
ほんとうに映った!監死カメラ(2012)
ネイビー・シールズ(2012)
ベイブ(1995)
アナと雪の女王(2013)


 1920年代に起きた児童失踪事件をモチーフにしたイーストウッド映画「チェンジリング」は楽しく鑑賞。
 
 イーストウッド映画にはいつも「これは何のことだ」ってシーンがある。チェンジリングでは、主人公が死刑囚へ感情をぶつけるシーン。一人面会室に残された主人公はまるで牢の中。何かを象徴しているんだろうと思う。でも、何かってなに?
 
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 しばらくわからなかったが、頑張ってくみ取ると、このシーンは主人公の不自由さを象徴しているんじゃないかというところで落ち着いた。映画序盤、主人公は上司の話に付き合っていたせいでバスに乗り遅れてしまう。他にも、主人公が誰かの言うことに従うシーンはとても多い。警察や医者や売春婦や牧師から何かを言われ、それに従う。主人公はある信念においては強い意志を持っているのだけれど、それ以外はあまりにもろい。そして、死刑囚から呼ばれ、話を聞きに行ったのに、気が変わったと言われてしまう。そういった彼女の上手くいかなさを、不自由として牢獄に象徴させたのかなと思った。
 
 ただ、映画全体を通して違和感があったのが、展開がゴアシーンに向かおうとするといつも良い所で助けが入って、展開が寸止めで終わっちゃうところ。“いつも良い所”の嘘くささを消しきれていないなと感じた。この映画は主人公の成長譚としての面白さを持っている。ところが、成長譚の登場人物たちに物語上の役割を与えてしまうと、実話テイストの良さが失われてしまう。チェンジリングでは、二兎とも逃しているように思えた。要するにちょっとくさいなってことなんだけど微々たること。とても楽しんだ。
 
 
 児童失踪ものつながりで、木の人形が命を持つまでのディズニー映画「ピノキオ」をみた。絵が可愛い。金魚と猫とおじいさんが楽しくやってる様子は微笑ましいし、ピノキオも家では可愛い。でも、かんたんに良心に背いていくピノキオはちょっと憎らしい。子供の憎らしさが上手く表現できているなと感じた。

 映画中盤、ピノキオは人さらいによって家に帰れなくなる。失踪したピノキオを捜すために家を出たおじいさんはとてもかわいそうだ。チェンジリングで一生懸命子供を捜すアンジーがあまりかわいそうに見えなかったのに、ピノキオのおじいさんと金魚と猫が健気に頑張る姿がかわいそうに見えるのはどうしてだろうな。共感する何かがどこかにあるのだろう。今はわからず。
 
 
 失踪した側の子供が主人公の話では、魔女に子供がさらわれる「コララインとボタンの魔女」をみた。この映画はいろいろ苦手。登場人物が全員ひねくれていて好きになれない。造形がキモいし。監督は、ナイトメアー・ビフォア・クリスマスのヘンリー=セリック。僕は、ティム=バートン映画に苦手意識を持っていて、鑑賞を避けてきた。でも、もしかすると、苦手なのはヘンリー=セリックなのかもしれない。火星人が地球を襲うティム=バートン映画「マーズ・アタック!」は面白かった記憶がある。
 
 
 監視カメラがとらえてしまった心霊現象をまとめた映画「ほんとうに映った!監死カメラ」は姉と鑑賞。面白かった。これは、タイムスリップして中世の騎馬隊と戦う映画「タイムライン」と同じ枠で、映画のゆるい作りを受け手が愛情を持って楽しむタイプの映画だった。特に、心霊あるあるの「おわかりいただけただろうか」に工夫を凝らしているものの失敗している点が素晴らしく愛らしいと思う。「画面左の鏡に注目してもらいたい」なんてお願いごとをされると思わず聞いてあげたくなっちゃう。

 注意すべきは、この映画に登場する幽霊たちにはそれぞれ事情が用意されているので、理不尽な攻撃の怖さを描くタイプの映画ではないというところ。そのおかげで、あと引く怖さなどは全くなし。姉と「これはウォーリーを探せだね」と楽しんだ。
 
 
 豚ががんばる「ベイブ」は正月に姪と鑑賞。楽しんでいたようだった。僕が子供のころ映画館でみた映画で姪がにこにこしているとうれしい。