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知らないことを調べるブログ

映画の分からないところを調べてまとめる場所にしていきます。

人の輪の中で社交的に振る舞ってもそんなに疲れないようになったよ

日記

 10人くらいでバーベキューをやった。呼んでもらったから。そこで人と話した。なんか教養がありそうな人たちがいろいろ喋ってて、僕は「ほへー」って顔で聞いてた。気の抜けた顔に生まれて幸せだなあと思う。
 
 わけへだてなく、僕の話も聞いてくれる感じの雰囲気だったので、普段よりも積極的に輪に加わった。政治的なことも少し話題にのぼったんだけど、事実と意見がわかりやすく分かれていたので聞きやすかったな。事実パートは真偽が怪しかったけど(お酒の席だったから)、後で調べるきっかけになりそうな知らないことが多かったから、「へえー」っていっぱい言った。

 それから、話のなかで知らない単語が出てきたら意味を尋ねるようにしてた。ちゃんと説明してくれた。うれしかったです。
 
 怖かったのが、多人数で話をすると、おわって帰って一人になった時に自己嫌悪しちゃうことでした。「あんなこと言わなきゃ良かったな」とか「バカがばれた、、、恥ずかしい、、、」みたいなことはよくある。で、「落ち込むのは自分をよく見せようとしてるからだ」とかさらに追い詰めて、やがて「いえ、向上心のあらわれです、ファイト」と自己啓発して落ち着く。以上のことをこれまでに何度も繰り返してますが、ちょっとつらい。
 
 なので、気をつけています。あやふやなことを話さない。知らない単語は適当に尋ねる。自己嫌悪の予防策としてこの二つはよく使う技です。精一杯の自律心です。
 
 
 あれ、、、何を書こうとしたんだっけ。
 
 これがテーマのない雑文だな。とりとめのない話をしています。
 
 
 いえ、そうではありません。人の輪の中で社交的に振る舞ってもそんなに疲れないようになったよ、という話です。がんばりました。
 
 だって、第三者の聴衆を意識したしゃべりというのがあるでしょう。僕は2chでの口喧嘩を通して学びました。周りの同意を得た人が優位になるあれ。あの技術について意識させられることがここのところ多い。なんでだろ。都会に来て、業務時間以外での付き合いが増えたからかな。
 
 なんか、上手く言えないなあ。閉じたコミュニティで口喧嘩に勝つために使っていた姑息なあの技術が、人付き合いを適当にこなす用途でも役に立ってて、なんか、緑化した戦車で子供が遊んでるみたいな、これは枯れた技術の水平思考と似た嬉しいことなんじゃないのってことです。

 ほら、 矢口史靖監督の映画「ひみつの花園」で、よこしまな動機で得た技術が思いもよらない形で機能していったときの感動に近いです。うーん、言いたいことを適切に言えてないもやもやが残る。

 ああ、日記だと、あやふやなことを話せて助かる。考えごとの照準を合わせるのに便利だなあ。文章をひとまとまりにできるし。