読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

知らないことを調べるブログ

映画の分からないところを調べてまとめる場所にしていきます。

理解できない大きな何かに触れた結果、なんか僕もちゃんと生きよう……となる「アバウト・シュミット」と「ひみつの花園」と「スーパー!」

 最近みた映画。感想をまとめるのをさぼっていたら40本たまってしまった。ちょっとずつ書いていく。
 
eveのすべて(2012)
放送禁止 劇場版2『 ニッポンの大家族』(2009)
戦慄怪奇ファイル コワすぎ!FILE-02【震える幽霊】(2012)
ディフェンドー 闇の仕事人(2009)
スーパー!(2010)
ゴッド・ブレス・アメリカ(2012)

 
 
 
 フェイクドキュメンタリー「eveのすべて」、「放送禁止 劇場版2『 ニッポンの大家族』」、「戦慄怪奇ファイル コワすぎ!FILE-02【震える幽霊】」。好き。どれも出来にチープなところがあるのに、前のめりになってみちゃうし、見終わったあとの充足感がうれしい感じなので、すごい。
 
 フェイクドキュメンタリーならではの魅力なのかな。いや、それもあるだろうけど、イブと放送禁止の監督の長江俊和さんとコワすぎの監督の白石晃士さんが、特に上手なんだろうな。と思う。だって、フェイクドキュメンタリーの「監死カメラ1」は、楽しかったけど、愛らしいチープな作品という楽しみしか無かった。
 
 
 
 投稿された怪奇映像の現場に実際に行く「戦慄怪奇ファイル コワすぎ!FILE-02【震える幽霊】」は、すごく良い。大好き。ラジオ番組「ウィークエンド・シャッフル」で映画監督の三宅隆太さんが紹介していたので鑑賞した。
 
 登場人物たちが、本当に実在する人達なんだな。という観客への働きかけがとても強かった。具体的には、民生委員に働きかけるくだりや、おじさんを追いかける市川の立ち振る舞いや、怪奇現象に遭遇したときの各々の反応。
 
 廃墟で予想外の方向から物音がしたとき、僕はびょーんと飛び上がって驚いた。劇中でも女の子がひええーって泣いていたので、ああわかるわかると思う。
 
f:id:Hokanoko:20160324152708p:plain
 
 ここでいう怪奇現象は、何か理不尽でショックな出来事と言い換えても良いと思った。幽霊や超能力と、ディレクター工藤の恫喝は、等しくショックな出来事だ。重要なのは、それに遭遇したときの各々の反応のほうなので、怪奇現象の作り込みがゆるいことは重要ではないのだなと思う。
 
 
 
 盗撮映像だけで作られた連続ドラマ「eveのすべて」は、すぐにやられた。第2話の電車のシーン。撮影者が、駅のホームでイヴの後ろに立つところで、「うわあ……これは怖い」とイヴに共感した。ところがその直後、混雑した電車内で一般人がカメラを遮ったとき、「邪魔だよそれではイヴが見えない」と思って、「(うわっ、僕はいまストーカーに共感した)」となった。楽しい。こういう、うわっ、と気付かされる経験は良いなあ。ここですっかりこの作品を愛してしまった。
 
f:id:Hokanoko:20160324152722p:plain
 
f:id:Hokanoko:20160324152731p:plain
 
 
 
 どこかおかしい家族の密着ドキュメント「放送禁止 劇場版2『 ニッポンの大家族』」も、開始10分め位でやられた。高校生の隆太くんがとった行動に不意をつかれた。彼は存在感が薄かった。きっと意図的なものなのだろうなあ。eveのすべてでは、うわっ、となったけど、こちらでは「えっ……えっ?」となった。
 
 その後、他の登場人物たちは性格が少しずつ明らかになっていくのだけれど、隆太くんだけは全く本性がわからない存在だった。この役者さんがすごい。こういう、得体のしれない存在感のことを狂気というのだろうなあと思う。
 
f:id:Hokanoko:20160324152741p:plain
 
 
 
 ドラッグ中毒の愛する妻を更生させたい一心でいろいろと倫理を破壊してしまう男の物語「スーパー!」。知人にこの映画の話をしたところ、知人は「あらすじを聞いてゴッド・ブレス・アメリカを連想しました」と言った。みたことがなかったので、みた。同じ話じゃないかというくらい、設定が似ていて驚いた。でも、スタート地点がとても近いというだけで、物語の決着のつけ方や、描いていることは違っていた。
 
 気に食わない相手を粛清していく男女の話「ゴッド・ブレス・アメリカ」。映画が公開されたのは、スーパー!の翌年。この二つの映画の話をする前に、もうひとつ似たような設定の映画をみたので、そちらも合わせて話していったほうが、より丁寧に話せると思う。
 
 フォレスト・ガンプな男が自警を頑張る「ディフェンドー 闇の仕事人」。スーパー!やゴッド・ブレス・アメリカとの共通点は、冴えない中年の男が主人公で、彼が道を踏み外した結果、その行動に対して共感してくれる若い女性が登場してしまう、というところ。
 
 あ、こうまとめると、ある男が秩序を破壊する運動に巻き込まれる「ファイトクラブ」とも似ている。ファイトクラブと、冴えない中年3作が異なっているのは、主人公を突き動かす衝動の源泉が、自分ではない誰かなのか、自分自身なのか、というところだと思う。ファイトクラブは自分ではない誰か。なので、ファイトクラブは外に置いておく。
 
 
 言いたいのは、スーパー!の主人公はゴール設定があるけれど、ゴッド・ブレス・アメリカとディフェンドーの二人には、ゴール設定がないこと。スーパー!の主人公は、妻を取り返したい。だって、妻を麻薬漬けにして、攫うなんて、駄目なことだろう! というふうに、ここで、彼にとっての悪の基準が固定されてしまい、悪と戦う使命を“神”から受けとってしまった。彼を突き動かしているのは、使命感。
 
 ゴッド・ブレス・アメリカの主人公は、自暴自棄と、暴力の快感。この映画をみていて最も恐ろしいのは、彼がそれを正当化しているところだと思う。ラストで、主人公が代弁者としていろいろ言うのだけれど、代弁されていた当人が「いや、そんなふうに僕は思っていないんですけど」と彼を否定する。すると、主人公はちょっと困った顔をして「お前は黙っていろよ」という行動を取る。たいへん恐ろしい。主人公は被害者を踏み台にするタイプの代弁者だったのだな、ということが強くわかる。
 
 被害者を踏み台にするタイプの代弁者といえば、南部の現れたセールスマンが黒人差別運動を煽って混乱を生み出していく「侵入者」を連想する。このセールスマンは、銃による暴力は一切使わず、言葉によって人々の恐怖を煽っていく。悪魔なのだろうな。こちらは。自分から影響を受けた人々がストレスを感じていることが、このセールスマンにとっての快楽だったのだろうなと思う。自分はこんなに多くの人々をコントロールしている。権力の話でもあったのかな。だから、ラストでセールスマンを打ち倒す何かが生まれたとき、生まれてしまったとき、セールスマンは心底落ち込んだようすでうなだれていた。この場面で、ああ、ちょっとかわいそうだな、と思わせてくれるところが、この映画の優れた点だと思っている。どんな悪魔だって心が通っている。という当たり前のことに気が付かせてくれた。
 
f:id:Hokanoko:20140724212918p:plain
 
 
 で、なんだっけ。ゴッド・ブレス・アメリカの話か。そうそう。ゴッド・ブレス・アメリカの主人公は、もともとは悪魔ではなかった。ところが、自暴自棄になって暴力を振るったところ、暴力の快感に目覚めてしまった。彼は悪魔に取り憑かれてしまった。最後に彼はカミカゼアタックを仕掛けるけれども、あの結末で重要なのは、彼の勇敢さではなく、悪魔との取引によって彼は命を失った、というところなんだろうと理解している。笑うセールスマンみたいな悪魔の取引ものだったのだな。そういう話と同じだと思う。
 
 
 ディフェンドーの主人公は、自警行為をすることで、大好きだった母親に何か報いることができるのではないかと信じている。飼い主を待ち続ける忠犬ハチ公と同じだよね。あるいは、いつか神と出会うために教会で祈りを捧げ続ける信仰者と同じ。哀れなのだけれど、そんな行動を取ってしまうほどに辛い目に彼はあっている。彼に向かって「そんな馬鹿げた行動はやめろ。時間が無駄になるだけだぞ」と言い捨てるのはあまりにひどいのではないか。ディフェンドーの主人公の衝動の源泉は、叶うことのない信仰心。
 
 
 叶うことのない信仰心。悪魔に煽られて目覚めた暴力の快感。使命感。こうして並べると、それぞれの物語の着地点が異なってくるのは必然だよなあ。悲劇にしろ、大団円にしろ。
 
 ここで思うのは、ディフェンドーとゴッド・ブレス・アメリカが、予想される結末に落ち着いたのに対して、スーパー!はそれを飛び越えてきた。使命感を持った彼が歪んだ形で解き放たれた。という結末が、マーティン・スコセッシ監督の「タクシードライバー」だったとしたら、スーパー!は、使命感を持った彼は、望んでいた、愛する元気な妻を復活させることができた。やってみなくてはわからなかった。それに、自己肯定感も高まった。自分が輝いている瞬間を感じられるようになった。輝いている瞬間と瞬間のあいだに、とても大事なものがあったことにも気付いた。しかし、そこにあった大事なものは、失ってしまった。という感じだと思う。ぜんぜん言い表せていないな。
 
 スーパー!と似ているのは、妻に先立たれた老人が人生を見つめなおした結果いろいろなことに気がつく「アバウト・シュミット」と、お金目的で衝動に突き動かされて行動したところ副産物がたくさん得られるという話「ひみつの花園」。アバウト・シュミットひみつの花園とスーパー!は、どれも、見終わったあとに謎の感動が残る。で、なんか僕もちゃんと生きよう……とか考える。
 
 理解できない大きな何かに触れた結果、なんか僕もちゃんと生きよう……となるのは良いことだなあと思う。モーリーの番組で、高橋ヨシキが、すごいものに触れろ。とか、ぺしゃんこになれ。とか言っていたのは、こういう気持ちになれ。と言っているのと同意なのかな。お前はこういう気持ちになれ。とは随分なお願いだな。聞かれたから答えたのだから仕方がないか。