知らないことを調べるブログ

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読書「次世代の教育原理」

教職科目シリーズその2。この本について、まえがきにこう書いてある。

本書は、2011(平成23)年度に小学校を始めとし、中学校(平成24年度)、高等学校(平成25年度)と順次完全実視され、新学習指導要領の意図を十分にくみ取りながら、教職科目「教育原理」を学ぶ学部生及び通信家庭で学ぶ学生向けに教育の基本の入門書として、環太平洋大学の実務家教員等で執筆・編集されたものである。(pi)

教職入門とどう違うのだろう? 内容が重なっている部分が多いように感じる。そのあたりに注視しながら読んでいく。



この本のテーマについて。たぶん冒頭に書かれているのだろうな、と予想していた。書かれていた。"教育とは何か"と、教育の目的を定めた法規がテーマのようだ。少なくともこの章においては。

教職入門の本は、教師生活のイメージ(常に研修している専門職)を、実例とともに示している本だった。教育原理との方向性の違いが少し見えたように思う。

「教育の基本原理」と題された本章においては、次の二つのテーマにしぼって論じていくこととする。まず、前半においては、「教育とは何か」という問題について、そして後半では「教育の目的」について論じる。
まず、前者、つまり「教育とは何か」という問いは、きわめて難しい問いであり、またその問いの答えは、ベストなものがない。その問いが問われる時代や場所によって答えも変わる相対的なものである。だからと言って、考えることを放棄してはならない。教員を目指す者、、また教育に携わる者にとって、この問いは不可避のものであり、常に問う必要がある。すぐに答えは出なくとも、また自らの思う教育が他の人の意見と異なっていても全く構わない。各人がそれぞれの答えを見いだしてほしい。そして教員になる前からこのような問いを常に考えていただきたい。
(中略)
後半部に記す「教育の目的・目標」については、法規からの説明となる。(p2)


教育基本法の第1条について。でも、"この法律の第1条には、次のような条文がある。第4条"ってどういうことだ?

すぐにやらなければならない課題のことを、政治家が「一丁目一番地」と呼ぶことがある。それに近いのかな。たぶん、「法律の目的が書かれている箇所」という意味で第1条と言ったのだろうな、と発言の意図を汲み取った。

そして、この法律の第1条には、次のような条文がある。
第4条 教育は、人格の完成を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない。(p6)

……と汲み取ったのだが、 ポケット六法で第1条と第4条を引くと、こう書かれている。単純に誤植だったようだ。条文に触れる機会になったのでよいか。

(教育の目標) 第一条 教育は、人格の感性を目指し、平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成を期して行わなければならない。(p425)

(教育の機会均等) 第四条 ①すべて国民は、ひとしく、その能力に応じた教育を受ける機会を与えられなければならず、人種、信条、性別、社会的身分、経済的地位又は門地によって、教育上差別されない。
② 国及び地方公共団体は、障害のある者が、その障害の状態に応じ、十分な教育を受けられるよう、教育上必要な支援を講じなければならない。
③ 国及び地方公共団体は、能力があるにもかかわらず、経済的理由によって修学が困難な者に対して、奨学の措置を講じなければならない。(p425)


古代ギリシャにおける教育の源泉について。賢明な人間を育成しようというところが教育の出発点だったのか。

てっきり、ここで言われているスパルタみたいな"国家の戦士を育成する"ことが教育の出発点なのだと思っていた。思い込みが解けてよかった。

ホメロスは、ギリシャ人に対して、その理想的な資質や人間としてのあり方を提供し、ギリシャ人はホメロスの提示する人物像を模範とし、人生の教訓や世界のあり方を学んだのである。つまり、このころの教育とは、行動において賢明な人間を育成することが主たる目的であった。
ホメロス叙事詩に描かれた貴族的社会の後、紀元前10世紀から8世紀にかけて、ポリス(都市国家)が成立することによって、教育は大いなる転換を迎える。まず、スパルタという都市国家においてである。スパルタでは、強力な軍事力を保持し、集団的国家的教育を推進しようという意志のもと、質実剛健で、勇敢な軍人、また国家を愛し忠誠を誓う人間を育成することが目的とされた。
(中略)
アテナイでは、都市国家によって教育が実施されたということはない。自由や正義を重要視する風潮のもとで、家庭が人格形成の重要な場となり、母親や子守の女性により育てられた。そののち、7歳になるとパイダーゴス(教育係)と呼ばれる奴隷が学校まで付き添い、授業にともに出席し、家庭教師も務めた。そして、身辺の世話やしつけを担当し、こどもの事実上の教育者となったのであった。知の伝達という面に関しては、このころちょうど教師という職業が成立し、国語や音楽、体育を教授したが、彼らは、知や技術を伝達する指導者にすぎなかったのである。(pp14-15)


アリストテレスの講義スタイルについて。逍遥って何? 調べたらこうある。

デジタル大辞泉の解説
しょう‐よう〔セウエウ〕【×逍×遥】

[名](スル)気ままにあちこちを歩き回ること。そぞろ歩き。散歩。「郊外を逍遥する」

逍遥(ショウヨウ)とは - コトバンク

教室で歩きながら講義をしたといううことか。TEDみたいな感じかな。

フランス語で高等学校を意味するリセ(Lycee)という言葉は、アリストテレスのリュケイオンに由来している。また、この学校で彼は逍遥しながら講義をしたことから彼の学派を逍遥学派と呼ぶ。(p17)


中世の教育について。"キリスト教と大学の誕生という二つの点"が重要らしい。はい。覚えました。

クロノトリガーでの中世はa.d600年だっけ。現代がa.d1000年で未来がa.d2300年だったよな。a.dはガルディア王国暦。あのイメージでよいのか。いや、あれは剣と魔法のファンタジー世界だからだめだな。

でも、宗教によって社会が構築されている点では一致している(クロノトリガーの修道院は超怖い)。そうとらえると面白い。

古代と近世の間に位置する中世は、一般的には、4世紀から15世紀末までの約1000年を指す。史実でいえばキリスト教の公認(313年)にはじまり、ゲルマン民族の大移動、ローマ帝国の分裂(395年)、西ローマ帝国の滅亡(395年)から1453年の東ローマ帝国の滅亡までを指す。歴史の舞台が地中海沿岸からヨーロッパへと移りゆく非常に長いこの時代において、西洋教育思想の観点から覚えておくべきことは、特にキリスト教と大学の誕生という二つの点である。コンスタンティヌス1世のミラノ勅令によってキリスト教が公認され、ヨーロッパ社会は、キリスト教の影響のもと構築されていく。(p18)


19世紀の教育学者ヘルバルトについて。どうしよう、ぜんぜん意味がわからないぞ。ヘルバルトのいう"教育的教授を通して、道徳観が形成され品性が陶冶されること、また知識や技能を習得していくこと"が、どういう意味なのかわからない。どうして道徳観が形成されるんだ?

ヘルバルトの著作あるいは解説書を読めばわかるのかな。少し興味がある。

欧米社会の転換点において、まず、考慮すべきはドイツの哲学者、教育学者ヘルバルト(1776?1841)である。
(中略)
彼が主張するのは、教育なき教授、つまり専門的な知の伝達ではあってはいけない、また教授なき教育、つまり人間の人格的な側面の陶冶のみの教育を批判し、教育と教授が結合した教育的教授を通して、道徳観が形成され品性が陶冶されること、また知識や技能を習得していくことであった。(pp24-25)


日本における近代教育の始まり、特に学制について。学ぶ目的が、"従来は、国や藩のために学ぶと考えてきたが、今後は個人の立身や治産・昌業のために学ぶとした"とある。驚く。現在の教育基本法では、第4条に"平和で民主的な国家及び社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成"とある。

明治維新時点の教育方針のほうは個人に向いており、現在のほうは社会に向いている。130年間でどのように変化していったのだろう? 興味深い。

1872(明治5)年に「学制」が発布された。
(中略)
「学制」に先だって、いわば学制の前文である「学事奨励に関する被仰出書」が出された。ここにはわ教育改革の大方針が4つ書かれている。
(中略)
第2は、学ぶ目的を立身治産としたことである。従来は、国や藩のために学ぶと考えてきたが、今後は個人の立身や治産・昌業のために学ぶとした。(p35)


学制から学校令への移り変わりについて。個人よりだった学生と比べ、臣民としてのあり方みたいな感じが強くなっていく。

文明開化が嫌で、ナショナリズムが盛り上がる、ってなんだか2016年のようだ。さすがに、現在のほうがみんな冷静だろうけど……。

それにしても、今とこの頃を比べると、ナショナリズムの勃興については、産業が発展しているのか、不振であるのか、というのはあまり関係がないのだなあ。

1886年にいわゆる「学校令」を制定し、「学制」を廃止した。
(中略)
1890(明治13)年に教育の基本方針である「教育二関スル勅語」が発布された。起草者は井上毅元田永孚であった。教育勅語は、天皇の慈しみの政治と臣民の忠誠によってなりたつ「国体」に教育の源泉があるとし、忠考の儒教道徳を基本に近代的倫理を加えた国民道徳のあり方を示した。
(中略)
1900(明治33年)には第3次小学校令が公布された。小学校4年間の義務制と無償制が実施され、日本の公教育が制度的に確立した。
(中略)
この後、日露戦争後の近代産業の発展などに支えられ、就学率は1902年に91%となり、その後も上昇を続けた。(pp37-38)


戦前から戦後にかけて変化した、文部省(現在の文部科学省)の役割について。自治性が強くなったのか。国が大きく複雑になれば、中央集権よりも地方自治のほうがストレスが少ないよなと単純に想像する。マッカーサーによる五大改革もあるだろうけど。

それにしても、求める人材について、教育基本法と文部科学設置法でそれぞれ異なる表現をするのだな。「教育基本法第1条の規定に従うものとする」とかにすればよいのに。どうしてそうしていないのだろう? 何か理由があるのだろうな。

中央教育行政機関としての文部省は、前述の改革基本方針によって、以前からの中央集権方式や指揮・監督の色彩を払拭し、教育・学術・文化に関する指導・助言や協力・援助たる機関として、1946(昭和21)年に新たに出発をした。
2001(平成13)年1月の中央省庁再編により、それまでの文部省と科学技術庁(1956(昭和31)年に設置)が統合されて文部科学省(以下、文科省)となった。文科省の役割は、「文部科学設置法」第3条に「教育の振興及び生涯学習の推進を中核とした豊かな人間性を備えた創造的な人材の育成、学術、スポーツ及び文化の振興並びに科学技術の総合的な振興を図るとともに、宗教に関する行政事務を適切に行うことを任務とする」と定めている。(pp48-49)


形骸化している教育委員会制度について。"文科省は自治体を「指導助言」するとしているが、実際には「命令」であり、理念と実態が剥離している"と書かれている。えっ、そうなのか。さっきの理解は間違っていた。自治性が強くなっていない。まじか。自主規制とかの話ではなくて? 命令されるのであれば、自主規制ではないよな。じゃあどうして教育委員会が存在しているのか。

前に、夜間帯の帯ラジオ「session21」で、教育委員会の形骸化についての特集があったことを思い出す。

この章での文圧がすごい。良いなあ。とても強く伝えたいことなんだな、と受け取る。

筆者も、かつては教育行政の指導主事として市・府の教育委員会に勤務していた時に感じた現行の教育委員会制度の問題点として、文科省は自治体を「指導助言」するとしているが、実際には「命令」であり、理念と実態が剥離していることが挙げられる。
また教育委員会地方公共団体の首長から独立していると言いながらも、独自の財政権が与えられているわけでもなく、教育委員についても首長が議会の同意を得て任命している(任命制)。このように任命された教育委員(一般的に医師・大学教員・企業経営者などが多い)は、これでは教育委員が専門的技術的立場から教育委員会事務局を指導できるのかはなはだ疑問である。保坂氏は、「教育委員会の委員長は『座長』教育長は『事務長』で、どちらも責任者の立場ではない。市長は教育行政の独立の建前から責任者になれない。素人の合議制の教育委員会が、責任を負うことができるのか?」と述べている。筆者が校長であった8年間のうち教育委員が学校に視察に来たことはなかった。一般的に教職員も自分が所属する自治体の教育委員の顔と名前が一致することは、あり得ないことである。このことからも、教育委員の存在価値についてもっと議論すべきである。(pp61-62)


学習指導要領の改定には規則性があるという話。へえ。教職入門、教育原理では、たびたびこういう、2つの方針の間で振り子のように揺れ動くようすが登場する。学習指導要領はまさしく方針であるから、それがわかりやすくらあらわれるのだろうな。

この2つの方針で言うと、ゆとり教育は経験主義で、現行の学習指導要領は系統主義に該当するのかな。

学習指導要領は、おおよそ10年に1回の改訂を行ってきている。高度経済成長、非行問題、いじめ、登校拒否、学級崩壊、学力低下と、その時々の教育問題、社会問題に対応したり、教育に対する社会からの要請に応えたりすることが学習指導要領には求められる。その影響もあって、改訂の度に、見る・聞く・話すを中心にした「経験主義」と読み・書き・計算を中心にした「系統主義」の間を振り子のように揺れてきた。(p65)


教育者による評価の難しさについて。すっげーぼんやりとした内容。

評価の妥当性を高めることは困難を伴うので、教師は上手くやれ。と主張される。たいへん抽象的である。

臭いのは、"子どもたちは、教師の心の背丈以上には成長できないのである"の部分。これは教師の占める位置を過大評価しており、危険な思想だと思う。

好意的に取れば、おそらく、筆者の心と言葉にずれが生じているのだろう。適切に表現できていないように思う。

教師が、子どもたちの作品や言動、その姿から、内面の成長を見事に評価できる人になるためには、教師の人間としての成長が求められるのである。子どもたちは、教師の背丈以上には成長できないのである。子どもたちのためには、教師が心の背丈をうんと伸ばしていくことである。(p72)


やってはいけない授業パターン(教師が発問を連発する授業)について。納得。

雑な言い切りや本当は論法が使われているのが少し残念だけれど、内容がそれに勝っている。"教師の言語活動の仕掛け"か。

子どもたちの反応の悪さは、発問数の不足から起きるのではない。それは、教師の教材研究不足、単元指導計画作成の努力不足から起きるのである。「想像して読みなさい」と言われて想像して読めるのは、元々想像して読む能力の高い子どもだけである。想像して読むことが苦手な子でも、工夫された言語活動の設定のおかげで、気がつけば想像して読んでいたという、教師の言語活動の工夫、仕掛けが本当は求められている。子どもたちの学習を引き出せる言語活動や学習の仕掛けがあってこそ、子どもたちの学びは、活発になり、能動的になる。発問の数を増やしても、それは実現しない。それどころか、授業の時間が進むにつれ、子どもたちの顔は生き生きさを失い、発表するこの数は減り、反応は鈍くなり、一人また一人と、授業から脱落していく。多発問の授業についていけるのは、クラスで優秀な数人の子どもたちだけである。そこには、子どもたちの主体的な学びはない。聞き役という受け身の学びが大半であり、子どもたちは主体的な学習者としての責任も問われない。(p78)


適切ではないときにダジャレを混ぜ込むのはやめてほしい。

ダジャレやたとえ話では、意思の伝達に齟齬が必ず発生する。なぜなら、例外が含まれているからだ。

思い込みや誤解は、のちのち怖い。まじめに文章を書いてほしいと切に願う。

子どもたちを司っている教師は、子どもたちの司を理解できなければならない。子どもたちの司とは何か。それは、子どもたちの「辛さ」「悲しさ」「寂しさ」の「つ・か・さ」である。これらを気づかない、わからない教師は、子どもたちを理解している教師とはいえない。(p80)


キャリアという用語の、中央教育審議会による定義について。"職業生活のみを表しているのではないことに留意したい"な、と考えながら読んでいたら、まるまま本から指摘されて安心した。役割か。

自分は、どんな役割を担っているところなのだろうと考える。僕が影響を最も与えてきた年少者は、姪っ子なのだろうと思う。今の所、彼女は「おにいちゃんみたいな人になりたい」と言ってくれている(うれしい)。だとすると、これは教育に類するものなのかなあ。うーん。わかんない。

2011年の中央教育審議会答申「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について」では、キャリア教育における「キャリア」の意味がより具体的に提示された。
人は、他者や社会とのかかわりの中で、職業人、家庭人、地域社会の一員等、様々な役割を担いながら生きている。これらの役割は、生涯という時間的な流れの中で変化しつつ積み重なり、つながっていくものである。またこのような役割の中には、所属する集団や組織から与えられたものや日常生活の中で特に意識せず週間的に行っているものもあるが、人はこれらを含めた様々な役割の関係や価値を自ら判断し、取捨選択や創造を重ねながら取り組んでいる。人は、このような自分の役割を果たして活動すること、つまり「働くこと」を通して、人や社会にかかわることとなり、そのかかわり方の違いが「自分らしい生き方」となっていくものである。このように、人が生涯の中で様々な役割を果たす過程で、自らの役割の価値や自分と役割との関係を見いだしていく連なりや積み重ねが、「キャリア」の意味するところである。
ここで提示されている「働くこと」とは、単に職業生活のみを表しているのではないことに留意したい。(pp103-104)


指導計画における形成的な評価の意義について。カリキュラムを修正しつつ作り上げていくという話題と対応している。

特に、"単元の要所要所で行い、指導の手がかりを得ることと、次の課題設定のため"に行う、と主張されている。小テストは、カリキュラムを適切に運用していくための手がかりとしての役割を持っていたのか。なるほど。

時々チェックポイントとして形成的な評価をすることが大切である。子どもがよく手を挙げて発表して授業は盛り上がったように見えるけれども、結果として力がついていなかっあということがある。算数の掛け算で、色々な考えが出て盛り上がったが、最後に一あたりといくつ分が徹底できていなかったという残念な場合もある。実際にわかっているか、力がついているかどうか、途中で小テストしたり、ワークシートの記入をさせたり、自己評価表を書かせたりして確かめる必要がある。指導者が、この確かめをせずに表面的な活動スタイルだけに目を奪われて、子どもの思いを大切にした授業だったと満足してしまうことが心配である。
形成的な評価とは、何かの結論を出すための評価ではない。単元の要所要所で行い、指導の手がかりを得ることと、次の課題設定のための評価である。つまり学習過程でのつまずきや、子どもがはまりやすい落とし穴とその対策を把握するのである。形成的な評価の研究は、成績づけの方法や理論と結びつけて考えることはほとんどない。形成的な評価は、子どもに一歩一歩力をつけていく、確かな授業をどのように組み立てるかの工夫をするためのものである。(pp131-132)


師範学校での教育の理想について。文書が固くて頭に入ってこないので写経する。頭に入った。
わかるように訳すと、「本当に幼い者を愛する者は、教職を愛することは当然のことだろう。地位が低く、仕事が難しいわりに褒められることも少ないし、報酬も少ない。そんなふうに卑屈になって、他を羨んで転職を望んだり、名誉のある生活を望む者は、元から教職者には向いていない。本当の教職者なら、その業務の慈愛さに楽しみを求めなさい。卒業した児童が社会で役割を果たしているようすを見て、人類のために尽くすことの偉大さを悟り、本当の快楽を感じるものだ。また、教育者にとって徳は必要なのは明らかだ。行動によって規範を児童に示すべきだ。口先だけで素行の悪い教師では、従う者がいないのは当たり前だ。本当の教育者であるためには、徳を身につけることが条件である。"というところか。

本当の論法が目立つ。ちょっときもい。あと、辛いと感じるのはお前が驕っているからだ、というのはちょっとあほっぽい理屈に感じる。

とはいえ、内容はそんなに嫌いではない。慈愛と徳望は、ぼんやりしていると消耗して薄れていく感じもするし。

職務を遂行するうえでの資質能力とはどのようなものだろうか。今から100年余り前の1903(明治36)年に刊行された師範学校『新編教育学教科書』(大瀬甚太郎著 金港堂書籍)では、最後の第4篇「教育者」の項で次のように述べられている。
真に幼者を愛する者は、また自からその教職を愛するは自然の理なれどその職たる外面的地位高からず、かつ功を一時に顕す能わざるをもって、事業の困難なる割合には他の賞誉を受くること少く、その報酬も、その労を償うに足らざるがために、しばしば卑屈心を生じ、あるいはいたずらに他を羨みて転職の希望を生ぜしむことなしとせず、ゆえに赫赫たる外面的名誉を好み、奢侈の生活を希望するものは、もとより教育者に適せず、真の教育者は、その業務の高尚にして、慈愛的のものなることにおいて愉快を求め、しこうしてその養成たる児童が世に立ちて、よくその勤めを行うに至るを見て、人類のために尽くししことの大なるを悟り、ここに真の快楽を感ずるものなり。
教育者に徳望の必要なることもまた明らかなり、口に論理を説くのみにては、決して善行を奨励するに足らず、教育者は親しくその説くところを実行して、規範を児童に示す覚悟なかるべからず、口のみ道徳を説きて、素行の修まらざるものの、人の帰服を得る能わざるは、当然の理なり、すべての教育者に尊ぶところは、その性格をもって児童を燻陶するにあれば、徳性の完備は真の教育者を成すに最も必要となる条件というべし。
ここに述べられているのは、教師としての基本的な生き方の理想である。(p133)


校務分掌の作成について。"実際には校長が各教職員から希望をとった上で最終決定を下している"とある。ここでは、形骸化・命令がうんぬん、と書かれていない。そうなのか。

校長が主導しているのだとぼんやり思い込んでいた。教員の参加が重要になると書かれている。へえ。そうであるなら、風通しが良いように聞こえる。

学校現場にはいろいろな資質を有した教職員が集まる。その実態をよく把握した上で業務分担の適正化を図りながら教職員の性別、経験、特性、専門領域など考慮し適材適所を図るのである。
その際忘れてはならないのが、役割の重複や漏れなど、配置には配慮すると共に職務における責任をあらかじめ明確に提示する必要があふ。役割と責任の明確化はトラブルを避けるためにも気をつけなくてはならはい点である。
校務分掌の教職員への割り当ては本来、校長の職務上の権限に属するが、校務分掌は教職員の参加の合意の形成を得た民主的原則の下に組織化されることは、学校経営の円滑化にもつながる。実際には校長が各教職員から希望をとった上で最終決定を下している。(p149)


職員会議の運営について。あれ、ひょっとして職員会議の風通しが悪いのだろうか。わざわざ"円滑に職員会議が運営できふように心掛けるべき"と書かれている。うーむ。

さらに、学習課題として、"(1) 教員の経営参加の必要性が叫ばれていますが、経営参加とは具体的にどのようなことですか。(p153)"とある。ああ、きっと、立場の違いによる断裂があるのだろうな。

職員会議は校長が主催するものにてその権限は一切校長に属するものとなる。ただここで職員会議が校長の補助機関になふと、教職員の学校経営に参加する意識が薄れ、意見も出にくくなる。ついては、会議以前に各分掌、教科、学年など教職員の意見を聞き取っておく必要がある。その上で部長会や運営会議などで調整、原案を作成の上職員会議を運営すべきである。職員会議運営についてと校内規定を基に協議事項なのか報告事項なのか、また連絡事項なのかも明確にし、事前に整理したうえで円滑に職員会議が運営できるように心掛けるべきである。(p153)

本論の冒頭に、"「教育とは何か」という問題について、そして後半では「教育の目的」について"とあった。「教育とは何か」という問いは、教育基本法と、西洋と日本の教育思想の歴史をもとに示された。「教育の目的」は、2011年の中央教育審議会答申で示された"キャリアの定義"が最もわかりやすかった。

10年ごとの学習指導要領改訂が、経験主義と系統主義を振り子のように揺れ動くことからも、この二つの問いは時代や問題意識によって変わりゆくものなのだろう。教職に興味があるのなら、その意義について常に自問しろよ。という主張が伝わってくる本だった。


次世代の教育原理

次世代の教育原理