知らないことを調べるブログ

映画の分からないところを調べてまとめる場所にしていきます。

大変励みになった「ヤング・アダルト」

 熱中した映画というわけではなかった。ただ、主人公のメイビスが過去を精算していく姿をみて、これは本当のことだな、そして、僕もこうやらないといけないな、と思った。いや、やっているところだ。と思った。

 過去を精算していく姿の中で、最も重要だなと思った展開が3つある。一つは、メイビスが故郷を訪れたときに車窓からみえる退屈な町並みにうんざりするところ。一つは、マットの妹がメイビスにとって取るに足らない存在として描かれているところ。一つは、ラストで壊れた車を走らせるときにナンバープレートが外れるところ。

 僕もこうやらないといけないな、と思った。というのは、僕も故郷をそれなりに――いや、相当に――憎々しく思っているから。具体的なキーワードは、高校までの記憶・会いたくない親類。僕がせっかく毎日を明るく楽しく過ごそうとしているのに、ふと、これらが頭に浮かんでしまう。やつらは僕の頭のなかでしつこく這いずりまわり、どんなに取り除く努力をしたところで再び底から溢れ出すのだ

 いや、やっているところだ。というのは、高校までの記憶を断ち切るためには学業をやればいいんだと思って大学に通うようになったこと。会いたくない親類を解決するためには会わなければよいのだというわけで連絡手段を断絶させていること。これ、やったところだ。ではないところがつらいなと思う。メイビスは、過去を精算することに成功したのだけれど、僕は、大学に関しては前に進むことに成功しているけれど、連絡手段の断絶は前に進んでいる感じではない気がする。どちらかといえば臭いものには蓋メソッドであるなあと思う。


 最も重要だなと思った展開の中でも最も重要だなと思った展開は、メイビスが故郷を訪れたときに車窓からみえる退屈な町並みにうんざりするところ。今年みた映画の中でももっとも重要な展開だなと思った。去年高橋ヨシキで画像検索したら出てきたSMサロンのママのツイートに死ぬほど共感したことを思い出した。

 ほんとうにそうだなと思う。友だちに会うためにときどき故郷へ行くことがあるのだけれど、子供時代を過ごしたエリアとは違うので別にふつう。でも、僕にとっても子供時代を過ごしたあの国道沿いの町は特別何があったわけでもないけれどやっぱり好きじゃない。メイビスのうんざりした気持ちがわかるし、マットの妹の「この町はクソだわ」って気持ちもすごくわかる。マットの妹は町に束縛されていて外に出ることができない人間なんだよな。つらい。メイビスも僕も外に出ているので、「あなたはここにずっと居るのよ」と言える。なぜなら、マットの妹はメイビスや僕にとって取るに足らない存在であり、彼女がどうなろうと知ったことではないから。情の湧いていない対象にはこんなものだろう。べつに偽悪的でもなく、ほんとうにそうだなと思う。


 ラストでメイビスの運転する車が壊れていることについての言及はわりとされているみたい。壊れても自走可能なメイビスを表しているとか、メイビスも精神的な障害者であることだとか、何かしらの暗示である。ぼくもそう思う。僕なりに思うのは、ナンバープレート=自分を表すレッテル、を剥がし捨てることで、自分の過去に折り合いをつけることができたという象徴なのかな、と思った。かなりバキッと強めにやるので、ああこれは良いです。

 最近親類の結婚式の知らせをスルーして関係を絶とうとしていて、ちょっと負い目があった。あのバキッと剥がすところをみて、大変励みになった。いまのところオデッセイと同じくらい好き。今年みた映画で過去を断ち切るのがヤング・アダルトで、前に進む元気をくれるのがオデッセイだ。